ispace様は、月面探査ミッションの成功に向け、分散していた研究開発・ミッション運用機能を集約する新拠点を構築。総合建設会社が建物全体の設計・施工を担い、イトーキはコンセプト策定とテナント区画内部の設計・施工を担当した。
余白のあるオフィスで、社員の熱量を拡張する
はじめに、本プロジェクトの背景と、オフィスに込められたコンセプトを教えてください。
永峯:ispace様は、月面探査というミッションを夢物語ではなく、現実のビジネスとして推進することを目指されていました。そのため新拠点には、ステークホルダーに事業のリアリティを伝え、部門間の連携を強化する役割が求められていたのです。
プロジェクトの出発点として、ispace様はすでに「Unfinished Office(組織と共に進化するオフィス)」というコンセプトを持たれていました。宇宙ビジネスは常に変化し続ける領域であるため、オフィスもまた完成形を目指すのではなく、事業の成長に合わせて進化し続ける「未完成」の状態であるべきだという考え方です。だからこそ、将来的な変化を受け入れられる「余白」を、オフィス空間に残しています。そのうえで、ミッションの成功を支えるオフィス構築の核として、「開発現場を感じられる」「会社のビジョンを伝える」「風通しの良いコミュニケーションを生む」「優秀な人材を集める」を強く求められていました。
ispace様の職場をうかがった際、私が心を動かされたのは、社員の方々が持つ宇宙ビジネスへの熱量でした。日々熱く議論を交わす人ひとりの姿こそが、ispace様の魅力だと捉えたのです。そこで、その熱量をさらに拡張していくため、「Unfinished Office」に「Expand Ourselves」というコンセプトを加えてご提案しました。ispace様のビジョン「Expand our planet. Expand our future.」から着想した言葉で、変化し続ける「Unfinished Office」を土台に、社員一人ひとりの可能性や挑戦をさらに広げていくという想いを込めています。
これらを空間に落とし込むために、「素材本来の質感」「変化を許容するフレキシビリティ」「禅の精神が宿るミニマリズム」の3つのデザイン原則を設けました。
地球と月をつなぐispaceを象徴する、深紅の中階段
6階と7階のフロア構成は、どのような意図で設計されたのでしょうか?
永峯:ispace様の「地球と月がひとつになったエコシステム」というミッションを体現するため、オフィス全体で6階を「宇宙(SPACE)」、7階を「地球(EARTH)」に見立てました。あえて宇宙を下に配置したのは、ispace様のミッションが達成された未来では、「宇宙から見上げた先に地球がある」という視点も生まれ得ることを提示したかったためです。
そして、この2つのフロアをつなぎ、オフィスの象徴となるのが、中央に据えた真っ赤な階段です。これは、地球と月をつなぐispace様そのものを表現するメタファーとしてデザインしました。オフィスづくりで大事なのは、その企業らしさを空間で伝えることだと考えています。だからこそ、ひと目で「ispaceのオフィスだ」とわかる象徴的な要素を組み込みました。
階段の色は20色以上の赤を比較し、どこを切り取っても「ispaceのオフィスだ」と伝わる、もっともアイコニックな一色を選び抜きました。階段の真上にはロゴを浮かせるように配置し、社員の皆さまが日々この階段を行き来するたびに、自社で働く誇りを感じていただけるようにしています。
静謐なミニマリズムが伝える、事業への誠実さ
6階では、コンセプトをどのように空間に落とし込んだのですか。
永峯:6階は、ステークホルダーや来客を迎えるエクスターナルエリアです。ここでは、宇宙ビジネスへの真摯な姿勢や事業の透明性を、空間そのもので伝えることを目指しました。
エントランス正面には企業ビジョンを表現したアートを配置し、訪れた人がispace様の事業を理解しビジョンに触れられるようにしています。さらに、研究開発室やミッションコントロールセンターの壁はガラス張りにし、現場の息遣いや開発のリアリティを直接感じていただけるようにしています。
空間のトーンは、宇宙の静けさ、ispaceの手掛ける機体設計の緻密さを表現するため、あえて緊張感を感じるストイックな構成にしています。内装材には、無機質でありながらも、研ぎ澄まされた静けさを持つ、リアルな素材感の床材や壁面材を選定しています。また、天井のグリッドラインを絶対のルールとして、すべての空間構成や壁ライン、什器の配置を緻密に揃え、空間の細部からもispaceらしさが感じられるよう設計しました。
さりげない素材の温もりがもたらす、社員間のフラットな交流
執務エリアである7階の設計意図を教えてください。
永峯:対外的な緊張感を持たせた6階に対し、執務エリアである7階は「地球」をテーマに、社員が安心できるホームとしての温かさを意識しました。素材へのリスペクト・ミニマリズム・禅の精神性を保ちながらも、木の温もりや安心感を加えて表現しています。
とくに象徴的なのが、カフェエリアである「Gravity Zone」です。重力で引き込まれるように社員が自然と集う場になるよう、名付けています。そのコンセプトを空間にも反映するため、「ここに来れば誰かがいる」という心理的な安心感を生み出せるよう、一般的な住宅と同程度まで、あえて天井高を下げています。また、半数以上が外国籍という多様なバックグラウンドをもつ社員の方々が、自然に集い交流できるよう、大きなコの字型のロングカウンターも配置しました。調光可能な照明によって、昼のワークタイムから夜の交流イベントまで、シーンに応じた使い分けが可能になっています。
ワークエリアには、「集中」と「ディスカッション」という役割の異なる2つのゾーンを明確に設けています。ただし、それらを壁で区切ってしまうと社員同士のコミュニケーションが遮断されてしまう。そこで、背の低い什器や空間の色味の変化だけでゾーンの境界を示し、フロア全体の風通しのよさを実現しました。
社員自らが手を加え、進化し続ける場へ
プロジェクトを振り返っての感想と、今後の展望をお聞かせください。
永峯:完成後のオフィスでは、赤い中階段を介したフロア間の自然な行き来が生まれ、カフェエリアを中心に社員同士の交流が活発になっていると伺いました。次のミッションの成功に向け、社内の一体感も着実に強まってきているそうです。
本プロジェクトは、ispace様をはじめとするプロジェクト関係者の皆様とイトーキが、事業ビジョンとそこに懸ける熱意に共感しながら、ひとつのチームとして走り抜けたからこそ実現できたものです。オフィスの設計という枠を超え、ispace様のビジョンや夢にまで深く寄り添わせていただくことができました。
「Unfinished Office」という言葉のとおり、このオフィスはお引き渡しの瞬間が完成ではありません。むしろそこから、社員の皆さまが自由に手を加えていくことで、空間は更新され続けるのだと考えています。実際、無地の壁には、ispace様の行動指針「WE-GO-BEYOND」や、社内イベントのポスターが貼られはじめています。月面着陸という壮大なミッションへの挑戦とともに、この空間も進化を重ね、ispace様らしいオフィスとして育ち続けていくことを楽しみにしています。
株式会社ispace
月面資源開発に取り組む、日本発の民間宇宙開発企業。月着陸船(ランダー)と月面探査車(ローバー)の開発・運用を中核に、地球と月を結ぶ新たな経済圏の構築を目指す。日本、米国、ルクセンブルクの3拠点にまたがる多国籍チームを擁し、独自の月面探査ミッションをグローバルに推進している。
| 所在地 | 東京都中央区 |
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| 竣工・制作 | 2026年3月 |
| 面積 | 約1,800㎡ |
| 人数 | 250名 |
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